vol.1
ロジム塾長
苅野先生
前編
後編
vol.2
ロジム
事務局長兼講師
野村先生
前編
後編
vol.3
ロジム講師
向井先生
前編
後編
vol.4
ロジム講師
岩沢先生
vol.5
ロジム講師
坂原先生
vol.6
ロジム講師
中川先生
   
番外編
ロジム
野村先生&
ぐんぐん英会話社長
谷口さん

   
   
 
  vol.4      
学習塾ロジム  講師 岩沢先生 
 
岩沢 剛明 
群馬県出身。理科/算数/ロジカルシンキングを担当。
有名進学塾で志望校別特別講座を担当し、その後学習塾ロジムに参加。中学入試理科の指導に精通し、独自の指導法で理科好きな子どもを生み出すことに専念している。理科のみならず、算数においては新しい解法で生徒を刺激することに注力し、また、ロジカルシンキングにおいては様々な身近な例をもちいて「楽しんで学ぶ」ことを信念としている。
詳しくはページ下に
岩沢先生は、どんな小学生時代でしたか?
岩沢 群馬県太田市で生まれ育ちました。
都会から少々離れた地域で中学受験もメジャーではなかったので、のんびりとした環境の中で、ひたすらやんちゃな小学生時代でしたね。
特に勉強に励まなければというプレッシャーもなく、ひたすら遊んでいましたよ(笑)。
小学生時代に勉強面でがんばったことと言えば、4歳年上の姉が公文をはじめたことで自分も連れられて幼稚園生ながら公文を始め、とりあえずひたすら取り組んだことですね。
結果、小学生で中学生の内容を終え、表彰されたのはちょっとした誇りです。
算数がはじめは「迷路」だったので、それが楽しくてがんばりだし、ただただ騙されたかのように続けた結果なのですが・・・(汗)。
この経験で「オレはすごい」と勘違いをしてしまったのは、後の反省につながります。
でも、好きこそ物の上手なれというように、楽しいと思ってしまえば、
どんなに大変なことでも頑張り抜けるというのを感じた瞬間だったのかなとも思います。
結果、算数はとにかく好きになりましたね。
そのほかの習い事は、「習字」を3年生くらいまでやっていました。
嫌でしたけど・・・。
字がきれいになるんだよ、と親に言われ続け、その利点が正直わからないままただただやらされていましたね(笑)。
実は、今では感謝しています。

ちなみに、学校の勉強で嫌いな科目などは特になかったですが、給食がとにかく嫌いでした(笑)。
偏食だったので、好きなものはトコトン食べて、きらいなものは何が何でも食べないという世間からしてみれば本当にダメな子どもでした。
強く印象に残っているのは、小学2年生のときの担任がこわもての先生で、
毎回給食を残す自分に対して「残さずに全部食べなさい」と、横にはりついて監視されていたことですね。
敬える点は多々あったのですが、それだけは許せない行為だったと今でも感じています(怒)。
本当に怖かったので、ある日、大嫌いな「エビ」の天ぷらをその担任の先生にバレないように給食着のポケットに隠して見事に逃れられたことは忘れられない思い出です。
変な意味で勝利ですね(笑)。
そのポケットは、数日後に油まみれで大変なことになっていましたが・・・。
ちなみに、偏食っぷりは今ではだいぶ和らいだと思っていますが、エビ・生魚・納豆(をはじめとしたネバネバもの)は、食べられません。

あとは、とにかくスポーツが好きだったので、放課後は毎日小学校の校庭で遊んでいました。
暗くなるまで遊んだあとは歩いて家に帰るのですが、
その下校中に、知らないおじちゃんやおばちゃんとすれ違って挨拶していましたね。
「よく挨拶できるいい子だね」と言われるのがとにかく嬉しかったです。
今思えば、我ながら怖いものナシの少年だったのでしょうね。

中学生時代はどんな生徒でしたか?
岩沢 小学校時代の仲間がそのまま同じ中学校に進学するので、小学生時代のアドバンテージからそのまま成績は良かったです。学年順位も常に1位を保ちました。

これはあくまで持論ですが、まわりから「すごい」と思われた瞬間、
ひたすらそれを維持しようと努力して、キープできるのではないかと思います。
これは、ロジムでも小6から中1に進学する生徒たちに向けて自分がよく伝えることですね。

また、スポーツ面ではひたすらバスケに励みました。
当時大流行したスラムダンクも読みふけり、朝から晩までバスケをしていたといっても過言ではないくらいです。
当然部活もバスケ部に所属し、先輩に混じってレギュラーとして試合に出ていたことは自慢ですね(笑)。
 
中学時代に勉強関連で目覚めたことといえば、先生の板書をとにかくきれいに写すことです。
調子に乗ってってしまえば、「先生より綺麗に」整理していたことでしょうか。
先生の板書に対して、
「なぜこんなところで改行するんだろう?」とか、
「ここを赤いチョークで書いて強調すればもっと見やすくなるのに!」など、
内容とはあまり関係ないところで突っ込みをいれていました。
あ、もちろん心の中でです。
中学時代の先生たちは、めちゃくちゃ怖かったので(笑)。
しかし、これは自分の人生において大きな成長になった気がします。 
とにかく見やすくわかりやすくというのを心がけていました。
とはいえ、ノートを読み直すことはほとんどなかったのですが・・・。
つまり、読み返すためのノートというよりは、書き写す段階で自分なりに工夫することで内容を強く印象に残せたのかなと感じています。
と、かっこよく言ってみましたが、
実のところ、ただただ自己満足のために、きれいに書いていましたね。
何事もきたないより、きれいな方がいいんです(笑)!

それもあって、ロジムの授業では、ホワイトボードにはいかに見やすく、
そしていかに整理された状態で、かつ子供たちが「なるほど」と感じるポイントを強く伝えられるかを意識して板書しています。
「岩沢先生の板書はきれいだよね」と、子供たちに言ってもらえることは、一番の喜びだったりします(笑)。

高校時代はどんな生徒でしたか?
岩沢 高校では、うぬぼれたまま進学して「実力テスト」という名のはじめの試験で衝撃を受けたことが忘れられません。
きっとトップだろうと思っていた矢先、320人中40位で、現実の厳しさを知りました。
井の中の蛙だったことに気づかされた瞬間です。
でもいつかまたトップが取れるだろうなどと甘く考えていたところ、
どんどんと成績は落ち続け、ついには倫理という科目で320人中319位をとるにまで至ってしまいました。
高校時の成績はさすがに親には隠していたのですが、
ついにはそうもいかなくなり、というか、単純にバレる日がやってきて・・・(汗)。
そこで、これではいけないと、唯一好きだった数学だけでもと、1科目に絞って頑張ったところ一気に順位があがりはじめました。
不思議なことに、これをきっかけに自信がつき、他の科目にも手を伸ばすようになれたんです。

自分が通っていた高校は、出される宿題が大学受験を完全に意識した難しさで、数学においてはほぼ毎週朝一で試験がありましたね。
しかも、100満点中平均点が20〜30点という無謀な試験。
生徒が悪いのか、問題が悪いのかはわかりませんでしたが、その低得点に対して毎回補習が組まれ、それをなんとかこなしていると自然と一般の模擬試験では普通に好成績を残せるようになっていました。
数学が強い学校と言われていた所以だと思います。
結局のところ、問題量をこなした者勝ちだなということも学んだ瞬間かもしれません。
岩沢が授業中によく口にする「経験値」です。

具体的な勉強法としては、至って単純です。
同じ問題を何度も何度も解き直し、最終的には筆記具を使わずに問題集を眺めて解法を再現する方法です。
これはオススメですよ。

そして、数学はずっと好きでした。
「・・・だからこうなって、こうなって、こうなって、だから・・・」という、
論理的に流れを示していくのが特にはまった部分ですね。
そして、それを友人に説明するのも好きでした。
頼られるとさらに頑張る気持ちが湧き、好循環を生んだ気がします。
それに気をよくして、他の科目も友人から頼られるようになって全体的に成績が上がっていきましたね。
当時の夢(将来の職業)は、医師になることでした。
ご存知のとおり、今では別の道に進んでいますが、今でもいつかはなりたいと思っているのが正直な気持ちです。

大学時代はどうでしたか?
岩沢 東京大学を目指しつつも、結果的には慶応義塾大学へ進学しました。
数理科学科において数学専攻で、ひたすら数学を学びました。
大学入試のための数学とは比べ物にならないくらい、広い数学の世界に衝撃を受けましたね。
その一方で、大学生活を謳歌しながら、塾や家庭教師のアルバイトを始めていました。
高校時代に友人に教えることが好きだったことの影響なのかな、なんて思います。
自然と足は、そういった教える立場につくところに向いていたんですね。

そして、いかに分かりやすく伝えるかについて、話し方や板書などにこだわっていました。
すると、生徒が成長し、いい結果を報告してくれるようになったんです。
それが純粋に嬉しく、そのアルバイト先の塾側からも「君はこれが天職だよ」と言ってもらったことをよく覚えています。
自分自身に中学受験の経験がなかったこともあり、授業準備にひたすら時間を費やしたことで中学受験理科/算数の面白さと奥深さを感じたことは忘れられませんね。
このときに「この道で生きていこう」と決めたわけではないのですが、
色々な人との出会いを経て、ロジムと出会い、今に至ります。
人生の大きな決断となるタイミングだったこともあり、ロジムにお世話になることにしました。

ロジムはどんな塾ですか?岩沢先生はどのような指導をされていますか?
岩沢 ロジムでは、設立後3年目の2008年頃に合流しました。
理系科目全般、およびロジカルシンキングの授業を担当しています。
ロジムと他の塾の一番の違いは、何といっても「子どもとの距離が近い」ことですね。
これは本当に強く感じます。
これまで指導に携わってきた大手の塾では、師弟関係を築き、上下関係をはっきりさせることが第一でした。
ロジムではその常識を覆されたというか、大きなカルチャーショックを受けたことをはっきりと覚えています。
正直、最初は「これでいいのか?」という戸惑いもありましたね(笑)。
しかし、それが子どもの日常生活を知ることができ、悩みも打ち明けてもらえ、
何よりも子供たちが感じていることを素直に伝えてもらえるということにつながるものだという、
子どもたちとの接し方についての大事な部分に気づかされました。
これはロジムの強みですよね。

その点も含め、自分の指導方法も進化しましたね。
授業という枠だけで子どもと接するのではなく、授業はあくまでも子どもとのコミュニケーションの1つの方法であると感じています。
授業外で指導したり、その子ならではのフォローなどで接すると、その分だけきちんと子どもは成長します。
これを実感できるのは本当に嬉しいですし、楽しいですね。
また、教え込むより引き上げる指導により「自らすすんでできるようになった」と言ってあげられる生徒を増やすこと、
つまり、生徒の背中を押してあげる学習指導を目指して、日々授業に取り組んでいます。
ただ、本音を言うと「教え込む」ということが必要なときも実際にはあるんですよね。
だからこそ、大手で学んだ「教え込む」ことに、ロジムでの「引き上げる」授業を融合させて、大きく子供たちを成長させること、これを自分の課題として接していきたいと思っています。

最後に、「これは!」と何か強く伝えたいことはありますか?
岩沢 自分も小中学生時代に塾に通い、さまざまな指導を受けました。
そして、大学生時代では同じ立場でいろいろな塾講師と出会いました。
その中で、自分が「成長した」と強く感じることができたのは、その講師を心から信頼して、がむしゃらに努力したできたことですね。
これは間違いないです。

容姿や学歴、立ち居振る舞いなども気になるところかもしれませんが、人に何かを「伝える」ことには何よりも「熱意」が重要なんだと思いますね。
そういった点で、今のロジム生に心から信頼される講師でありたいと願っています。

ありがとうございました。

 

 
岩沢 剛明
出身地 群馬県太田市
出身大学 慶應義塾大学
教えている科目 理科/算数/ロジカルシンキング
小学生のときやっておいて
よかったと思うこと
親の言うことに従っていたこと(当時は嫌でも、今では感謝している)
尊敬する人物 恩師と親友
やりたいこと いずれは医師になりたいこと
最も大切なもの 子供の無事な成長
家族構成 妻1人と子供1人
好きな言葉 質実剛健(小学校卒業のときに校長先生からいただいた言葉)

 

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