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2008年06月 アーカイブ

2008年06月04日

ニッチに画期的

駒場東大前教室近くの大学生協にふらっと立ち寄ると、画期的な新商品が大々的に売り出されていました。単なる電卓ですが、なんと分数をそのまま表示できます。帯分数と仮分数の変換も可能。インテグラルの記号もきちんと表示できます。関数電卓ってかなり昔からある商品だと思いますが、小さな、しかし非常に満足度の高い改良がやっとなされたという感触です。桁数がもう少しあればという気もしますが、塾で使うには問題作成などにかなり重宝しますね。
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式が残るのも重要ポイント!       積分記号もそのまま。

2008年06月03日

之を知るものは之を好むものに如かず,之を好むものは之を楽しむ者に如かず

こんばんは。もう爺の正体はご想像おつきでしょうか?前回の爺のつぶやきは「なるほど」と思う内容でした。さすが、年の功ですね。

さて、タイトルの台詞は私の好きなことばの一つです。いわずと知れた論語のひとつですが、要するに楽しんだもの勝ちということだと、私は解釈しています。

と思って考えてみると、様々な大変な課題の中にも「ふーん」と目を引くものがあったりするわけです。

たとえば、予習シリーズの国語の知識。あんなうんざりするものの中にだって、面白いことはかくれていますね。6年生の故事成語の解説は、その際たるものです。色々な語源の話がのっています。

個人的には「蛍雪の功」の話や、「背水の陣」の話が好きなのですが、「蛍の光、窓の雪」って歌の歌詞、蛍雪の功の話なんだ、とか「背水の陣」は昔の中国の武将「韓信」の考えた作戦で、その韓信さんに興味をもった小学生時代の私は、韓信さんに興味をもって色々と調べちゃったら、実は「敵を知り、己を知らば、百戦苦戦危うからず」なんていう、名言を言った人だったんだ、と以前聞いたことのあることばが身近に感じられたりとか。

お子様が嫌いな場合の多い漢字だって本来とてもよく出来た面白いものなんですよ。

そうですね。「講」と「構」よく間違えますね。「コウ図」「コウ評」「コウ義」「コウ築」「コウ堂」「コウ造」どちらの「コウ」を使うかな?と考えさせたりすると漢字のすばらしさがわかったりするかもしれません。じつはこれ、漢字自体を習ったことなくても「言」と「木」の違いですぐにわかったりしますよね。(もちろん辞書なんかひかないでくださいね)

逆の例をもうひとつ。「面従腹背」の意味といって、ただ闇雲に覚えさせるのはどうでしょう?面・従・腹・背のそれぞれの意味から何となく意味がわかったら、しめたもの。そういう漢字の学習ができれば、漢字もきっと面白くなるでしょう。

というわけで、どんなにつまらなそうなものだって、考えたり、じっくり向き合ってみたりすると、新しい発見や知識のつながりが発見できて意外とポジティブに勉強できるのではないかと思います。

最後に私めが「星」に興味を持ったきっかけを。ベガ=織姫、アルタイル=彦星、その真ん中には天の川に乗っかる形で本当に大きな白鳥座、をこの目で見たときでした。この夏山に行く人はぜひ探してほしいですね。                                 む

2008年06月02日

語学の上達には多読

最近では、小学生から英語を習う子供がとても多いですね。苅野も小学生の時、週に1回英語を習っていました。当時としては先進的?だったでしょうか。
しかし!これは確実に言い切ります。週に1度2時間習った程度の英語は、「全く」役に立ちません。そして「全く」残りません。子供の時間感覚では週に1度というのは、すっぱり忘れるのに十分な期間ですし、そもそも週に1度などというのは語学を習得するのには全くナンセンスなペースです。
毎日1時間以上、自分の目、耳、口を動かして初めてまともな語学力が身に付きます。
これぐらいやるには断固たる決意が必要ですね。
というわけで1つお勧めは、毎日でも何度でも読みたいもの、見たいものを題材にすることです。推薦図書になるような名作などは、あまり気持ちがのりませんね(苅野の場合)。日本語でそうなのですから、外国語ならなおさらです。マンガでも、大して中身のない流行小説でも、読まないよりは読んだほうが断然良いのです。
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苅野がすでに10回は読んだ本。世の中の語学教師のお薦め本とはほど遠いラインナップです。真ん中は「スラムダンク」。日本のマンガの外国語版もお勧めです。
ちなみに外国の本は、朗読CDが出版されていることも多いので、お気に入りの本と一緒にそろえてシャドーイングにも良いですね。苅野のipodには、ハリーポッターの朗読CDが入っています。

2008年06月01日

爺のひとりごと001

皆、一週間ぶりじゃな。
今日は運動会の子供たちが多かったようじゃが、
晴天に恵まれ、さぞかし運動会日和だったといえよう。

さて、爺からも皆に学習法の伝授をしようと思ってのぅ。
そもそも、授業が終われば最後に「宿題」が出されるじゃろ?
爺も、小さい頃はあれが嫌でのぅ。
やっと目の前の勉強から解放されたと思ったら、むしろ一週間の束縛じゃ。
子供心には、非常に大きなダメージじゃった。
しかしな、爺も皆と同じように、より良い成績をとりたいと思った一瞬(とき)があってな。
そのとき、宿題でこそ本当に「できる」ようになることを学んだもんじゃ。
懐かしいのぅ。
そこで、皆「宿題ノート」は持っているじゃろか?
ま、すべての科目で言えることではないのかもしれんが、
このノートの作り方で、効果は格段に変わってくると爺は思うのじゃ。
特に、知識について記号問題がひしめく理科・社会。
今ではなかなか侮れない科目とさえなってきておる。
では、問題じゃ。

「夏の大三角をつくる星と、その星をふくむ星座の組み合わせとして正しいものはどれですか。次のア~エから選び、記号で答えなさい。」
ア.アンタレス─さそり座
イ.ベガ─こと座
ウ.アルタイル─はくちょう座
エ.スピカ─おとめ座

答えは、もちろんイなんじゃが…。
ここでいくつか気になることがあってのぅ。

【例1】答え方
ノートに、記号を書いて終わってしまってはないかな?
答えは、記号が大事なのではなく、知識じゃ。
爺であれば、イと答えた横に、夏の大三角はベガ・デネブ・アルタイルと書き記すものじゃな。

【例2】誤答の解き直し
仮に、アを選んで間違えてしまった場合、
皆はどのように解き直しをしておるじゃろうか。
×をつけた横に、正しい記号を書いて終わり…?
ん~、これは感心できんのぅ。
例1と同じように、答えが「イ」であるということが大事なのじゃなくて、
夏の大三角についての知識が大事なのじゃ。
正答したのならまだしも、間違えて改めて知識を確認しないのは納得できん。
爺であれば、この問題を機に、夏の大三角を覚えなおし、
宿題ノートに必ずメモるようにするのぅ。

【例3】ほぼ「勘」での正解(とりあえず選んでおいて、たまたま正解)
これは実に、たちが悪いんじゃ。
なんせ、○じゃからのぅ。
ただでさえ、勉強(宿題)が好きではない子供にとっては、
まさに直す必要なんてあるはずがない、という位置づけじゃろう。
しかし、そこが落とし穴なんじゃ。
答を導き出すには、当然根拠がいる。
それなくして選んだ解答は、まさに勘。
この勘が常に発揮できるのであれば文句はないんじゃが、
おそらくそれは皆、勘とは呼ばんじゃろうな。
ということで、その場でできた気になったものの、
試験等で同じ問題に出くわしても正解を導き出せないんじゃよ。
これこそまさに、宿題に無駄な時間を費やしたと言えるじゃろ。
爺ならば、問題を解いていく際に、自信のない設問に印をつけていくようにしておった。
そして、答え合わせの際に、その印のついた設問に関しては、正誤に関係なく解き直しをしたのぅ。

つまり、例1にしても2にしても3にしても、
「次に同じ問題が問われたときにきちんと正解できるようにしたか」が大切じゃ。
人間、一度は過ちをおかすもの。
そのときに正し、次は同じ過ちをおかさないようにすることが一番の成長だと思うのは爺だけじゃろうか。

おっと、長くなってしまったのぅ。
偉そうに語ってはみたものの、学習法はひとそれぞれ、という意見もあるじゃろぅ。
もし、学習法に行き詰まった場合は、ロジムの先生たちに相談するとよい。

すまん、爺はねむねむじゃ…。
おやすみじゃ。(爺)

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