皆、一週間ぶりじゃな。
今日は運動会の子供たちが多かったようじゃが、
晴天に恵まれ、さぞかし運動会日和だったといえよう。
さて、爺からも皆に学習法の伝授をしようと思ってのぅ。
そもそも、授業が終われば最後に「宿題」が出されるじゃろ?
爺も、小さい頃はあれが嫌でのぅ。
やっと目の前の勉強から解放されたと思ったら、むしろ一週間の束縛じゃ。
子供心には、非常に大きなダメージじゃった。
しかしな、爺も皆と同じように、より良い成績をとりたいと思った一瞬(とき)があってな。
そのとき、宿題でこそ本当に「できる」ようになることを学んだもんじゃ。
懐かしいのぅ。
そこで、皆「宿題ノート」は持っているじゃろか?
ま、すべての科目で言えることではないのかもしれんが、
このノートの作り方で、効果は格段に変わってくると爺は思うのじゃ。
特に、知識について記号問題がひしめく理科・社会。
今ではなかなか侮れない科目とさえなってきておる。
では、問題じゃ。
「夏の大三角をつくる星と、その星をふくむ星座の組み合わせとして正しいものはどれですか。次のア~エから選び、記号で答えなさい。」
ア.アンタレス─さそり座
イ.ベガ─こと座
ウ.アルタイル─はくちょう座
エ.スピカ─おとめ座
答えは、もちろんイなんじゃが…。
ここでいくつか気になることがあってのぅ。
【例1】答え方
ノートに、記号を書いて終わってしまってはないかな?
答えは、記号が大事なのではなく、知識じゃ。
爺であれば、イと答えた横に、夏の大三角はベガ・デネブ・アルタイルと書き記すものじゃな。
【例2】誤答の解き直し
仮に、アを選んで間違えてしまった場合、
皆はどのように解き直しをしておるじゃろうか。
×をつけた横に、正しい記号を書いて終わり…?
ん~、これは感心できんのぅ。
例1と同じように、答えが「イ」であるということが大事なのじゃなくて、
夏の大三角についての知識が大事なのじゃ。
正答したのならまだしも、間違えて改めて知識を確認しないのは納得できん。
爺であれば、この問題を機に、夏の大三角を覚えなおし、
宿題ノートに必ずメモるようにするのぅ。
【例3】ほぼ「勘」での正解(とりあえず選んでおいて、たまたま正解)
これは実に、たちが悪いんじゃ。
なんせ、○じゃからのぅ。
ただでさえ、勉強(宿題)が好きではない子供にとっては、
まさに直す必要なんてあるはずがない、という位置づけじゃろう。
しかし、そこが落とし穴なんじゃ。
答を導き出すには、当然根拠がいる。
それなくして選んだ解答は、まさに勘。
この勘が常に発揮できるのであれば文句はないんじゃが、
おそらくそれは皆、勘とは呼ばんじゃろうな。
ということで、その場でできた気になったものの、
試験等で同じ問題に出くわしても正解を導き出せないんじゃよ。
これこそまさに、宿題に無駄な時間を費やしたと言えるじゃろ。
爺ならば、問題を解いていく際に、自信のない設問に印をつけていくようにしておった。
そして、答え合わせの際に、その印のついた設問に関しては、正誤に関係なく解き直しをしたのぅ。
つまり、例1にしても2にしても3にしても、
「次に同じ問題が問われたときにきちんと正解できるようにしたか」が大切じゃ。
人間、一度は過ちをおかすもの。
そのときに正し、次は同じ過ちをおかさないようにすることが一番の成長だと思うのは爺だけじゃろうか。
おっと、長くなってしまったのぅ。
偉そうに語ってはみたものの、学習法はひとそれぞれ、という意見もあるじゃろぅ。
もし、学習法に行き詰まった場合は、ロジムの先生たちに相談するとよい。
すまん、爺はねむねむじゃ…。
おやすみじゃ。(爺)