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2009年05月 アーカイブ

2009年05月16日

久々の初習

ひとり言です。野村です。

もうすぐなんですが、ついにゴルフコースにでることに。デビューです。
さすがに下手すぎだと他人に迷惑かかるからということで、時々こっそり闇練してます。
(コーチングの山本さんに話したら、「いざとなったら投げればいい。だけど人間が投げてもあんまり飛ばないんだよねえ、と暖かい励ましの言葉。)

幼少のころ父親や祖父が打ちっぱなしにいくのについていくにつれ、
「だだっぴろい空間に向かってみんなで並んで、棒をつかって球うちこんでなにがおもしろいのだろうか・・・。」と不思議でなりませんでしたが、まさか自分がだだっ広い空間に球うってるとは。

さておき、

われわれくらいの年齢になると、まったくやったことないことを集中的に訓練する機会って
そうはないのですよね。どっかで類似の体験をしていたり。

今回久々の初習事項ということで、もどかしいやら楽しいやら。いや、訂正。まだ楽しくないです。

頭で考えるのが大事だけど、それだけではだめで、反復練習が大事だったり、
人に聞くのがすごく大事だったり、でも教わるだけだと意味なかったり、
集中しない方向への集中とかいろいろやってみたり、
考える時間と体に覚えこませる時間をしっかり分けるために無心になってみたり、たりたりたり・・・。

まあ忘れかけていた久々の勝手のわからない試行錯誤の経験です。

試行錯誤!! 大事ですね!


2009年05月15日

母の日

こんにちは。広田です。

この前の日曜日は【母の日】でしたね。
みなさんは何か送られましたか?やはり王道でカーネーションでしょうか。
スーパーに買い物に行ったときに、ここぞとばかりに入口付近に大量に配備されていました。
しかし1本で3~500円もすると、ケーキの一つでも買った方が喜んでくれそうな気がするのは気のせいでしょうか?(単に自分ならその方が嬉しい、という話かもしれませんが)

ちなみに広田は先日導入したオーブンで「バナナマフィン」を作ってあげました。

P1000038.JPG


作った種の量に対して容器が大き過ぎたのに気づいたのは焼き終わってからでした…
味は、まぁ普通に食べれるレベルでした。世間の「美味しい」って感覚はどのくらいなんでしょうか?
見えない物に対して有効な定規とか誰か発明してくれませんかね?


そういえば、冬の頃に蓄えたお腹の脂肪がどんどん減ってきて、一時期は62kgだったのに今は59kgまで減量に成功しました。広田はやれば出来る子です。

しかし、オーブンという相棒が出現し、休みの日には高確率でお菓子を作っている。
これは、せっかく痩せたお腹のお肉が再びピンチかもしれませんね…

日々お肉と戦いながら、お菓子作りに明け暮れる広田です。
それでは、また。

2009年05月14日

添削は直しまで完成して意味がある、課題は身についてこそ意義がある

 こんばんは。日中暑く、より肌寒い気候がつづいていますね。皆さん、風邪などひきませんように。

 さて、本日はタイトルどおり、わかりやすい話を少々。日々の学習の到達点の確認です。タイトルのごとくそのままですが、皆さん添削はきちんと最後まで直していますか?暗記系の課題は覚えるところまで、きちんと到達していますか?算数や理科の計算問題は自力で解けるようになっていますか。

 もし、そうなっていないようだったら、危険信号。はっきりいいますが、やりっぱなしは何もやっていないに等しい。
 「宿題はやった?」
 「やった。」
 「じゃあ、確認してみよう。」
 「覚えていません」
 それだったら、やった時間が無駄ですね。何もやらなくてできることから何も進歩していないのですから。自分で解答を確認して、覚えるという作業まで含めて、初めて宿題は完成するのです。

 添削も同様。はっきりいうと、1回目の提出より、2回目の提出のほうがはるかに大切。1回目で不明だった点をヒント等で確認し、それを元に自分が何をわかっていなかったのか、自分が今後どういう点に気をつければいいのかをじっくり考えることができるのですから。
 
 そこまでやって初めて、
「ヒントの意味がわからない」「なぜ自分の考えではいけないのか」「どうすればできるようになるのか」等々疑問・質問が出てきます。それが自分を更なる高みに引っ張るキーになります。

 そういう意味で学問的には新し物好きは損にしかならない場合が多い。新しいことばかり追いかけると、それよりはるかに大切な間違いを見つめなおす、自分が本当に理解しているかどうか確認するという土台がおろそかになるからです。緩んだ土台には高いビルどころか、小さな家だって建ちません。

 以前も書きましたが、私の中の優先順位の2番目は質問対応です。(1番目は当然授業です)そして3番目が添削の採点です。なぜなら、これが授業以外で唯一今あるお子様の力を伸ばす手段だからです。

 今のところ、見るに見かねて、私のほうから、声をかけたりもしますが、実はこれも最大の効果は得られません。なんせ、こちらが一方的に誘導していく場合が多くなりがちですから、本当に考える機会を与えていることにはなりません。

 ぜひとも模範解答にけんかを売るくらいのつもりで自分の考えを練り上げて、ぶつけにきてほしいものです。時間の許すかぎり、最大限の対応をいたします。            む

2009年05月13日

冬のオリンピック

来年は冬のオリンピックの年ですね。リレハンメルオリンピックの時に開催間隔が調整され、現在では夏のオリンピックの中間、サッカーワールドカップと同じ年に開催されています。
最近の子供たちにとって札幌オリンピックは歴史上の話。日本でオリンピックは何回行われた?という問題で「2回」と答える子供は少なくありません。
札幌、サラエボ、長野は重要。そして来年はバンクーバー。

1972年札幌:日の丸飛行隊がスキージャンプで表彰台独占。
1984年サラエボ:ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)での開催。1992年からの紛争で、街は壊滅状態に。オリンピック施設も破壊され、メインスタジアムは現在墓地。
1988年カルガリー:黒岩彰が銅メダル。ジャマイカがボブスレーに参加。
1992年アルベールビル:荻原健司率いるノルディック複合団体が金。
1994年リレハンメル:間隔調整される。原田の失敗ジャンプ。トーニャハーディングがお騒がせ。
1998年長野:日本で2回目。ジャンプ団体で金。
2002年ソルトレイクシティ:日本金メダル0。
2006年トリノ:荒川静香がイナバウアーで金。
2010年バンクーバー:予定

2009年05月12日

掃除週間

こんばんは。竹村です。ちかごろ自宅が汚れがちになって、
それに引きずられてドミノ倒しに調子が悪くなってしまうことが
何度かあったので、今週一週間を掃除週間にしてみました。

自宅にいられる余った時間をどんどん掃除にあてていくだけなのですが、
おかげで部屋がなんだかシャワーを浴びた後みたいにすっきりした気がします。

掃除をしながら改めて思ったことがひとつ。雑然としてしまったものを並べなおす、物の配置換えを
して使うものから近くにあるようにする、詰め込み方を工夫して収納スペースを増やす、
いろんな片づけの仕方があります。しかし、やっぱりもっともシンプルで効率的なのは
『捨てる』、これに限る気がします。捨ててしまえばもう頭を悩ませなくて良いし、
将来部屋をちらかしてしまう原因が確実に一つ減ります。

竹村は良く、とりあえずゴミ袋を一つ持ってきて『よし、あと一時間でこれをいっぱいにするぞ』
と自分に言い聞かせます。大半は紙ごみなどですが、なかなかいっぱいにならないときも
もう着ない冬の服などを捨てることにすれば意外と何とかなります。

ちょっと面白くなってきたのでもう一週間くらい延長して、もう一度汚してしまうのがもったいなくなって
しまうくらいまできれいにしてやろうと思います。

2009年05月11日

2009年 夏期講習 受付開始

2009年夏期講習 受付開始


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②ロジムより自動受付メール
③ロジムより受付確認証をメールで送付
④授業当日受講

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不明点お気軽に御相談下さい。

夏のオリンピック

社会の授業で扱われた重要なもの
モスクワ以降はすべて。都市だけでも知っておこう!

1896年アテネ:第1回
1940年ヘルシンキ:第二次世界大戦で中止。元々日本で開催予定だったが開催権を返上。
1964年東京:アジア初
1973年ミュンヘン:パレスチナゲリラによるイスラエル選手団殺害事件
1980年モスクワ:冷戦の影響で西側諸国がボイコット。日本も不参加。
1984年ロサンゼルス:モスクワオリンピックの西側諸国のボイコットに対抗して旧ソ連や東欧諸国が不参加。
1988年ソウル:ベンジョンソンがドーピングで失格。
1992年バルセロナ:岩崎恭子とアメリカバスケット「ドリームチーム」が活躍。
1996年アトランタ:サッカー日本代表がブラジル代表を破る(マイアミの奇跡)
2000年シドニー:高橋尚子が金メダル。
2004年アテネ:野村忠宏がオリンピック3連覇。ギリシャ国旗のみ最初に入場。選手団は最後に。
2008年北京:北島康介が2連覇達成。
2012年ロンドン:予定

事件簿

とある授業で「常識」と称して色々な知識をチェック。

(1)自由民主党と民主党の名前が出てこなかった。
(2)ローマって国の名前ではないんですか?と聞かれた。
(3)都民なのに都知事の名前を知らなかった。
(4)このご時世に舛添厚生労働大臣の顔も名前も知らなかった。
(5)オマバ大統領だと思っていた。
(6)バンコクを中国や韓国と同列のアジアの国だと思っていた。
(7)この期に及んで「東国原」が読めなかった。
(8)現在、不景気だということを知らなかった。
(9)朝青龍がモンゴル人だということを知らなかった。
その他、軽微な事件多数。

こういったものは、すべて答えられる生徒とすべて答えられない生徒に分かれてしまいます。
保護者の皆様。ニュースを見ながら会話をしましょう。ほとんど素通りしている可能性があります。仕方がないのでまとめたプリントは毎年作っているものの、このレベルを新聞やニュースから吸収出来ないようだと先が思いやられる。

2009年05月10日

爺のひとりごと043

爺じゃ。

早起き…。
爺は苦手じゃ。
一度寝たら、起きるのがおっくうになってしまう爺は、
短時間しか眠れないとき(次の日の朝に超重要なことがある等)は、

寝ない。

よく、30分でも寝たほうが楽だよ、とか言われるんじゃが、

断固、寝ない。

起きられるか不安を抱えて寝て、しかもすぐに起きなきゃいけない
という拷問を味わうくらいなら、

とにかく、寝ない。

ま、限界はあるわけじゃが、そういった意味で今週と来週は
激烈に睡眠時間が減る週になる爺じゃ。
う、眠い…。

※とは言っても、まったく寝ないという意味ではないので注意。

2009年05月09日

数のセンスは絶望からも人を救う

小数の勉強した人は是非かんがえてみましょう。
保護者の方も是非。むしろ保護者の方こそ、是非。

言葉は易化してありますが、
元ネタは『経済は感情で動く』(マッテオ・モッテルーリーニー著)です。

人生において数のセンスを磨く重要性がわかると思います。
(大げさでしょうかね。。)

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『X病』というほうっておくと絶対に死んでしまうという恐ろしい病気があるとします。


実はこの病気は0.01%の確率でどの集団にも発症しています。
(つまり人間が1万人いれば1人は確実に『X病』にかかっています。)


この病気『X』にかかっているかどうかは検査することができて、
その検査は99.99%の精度を持ちます。

病気にかかっていて、検査を受けると99.99%の確率で
「はい、残念ながらあなたは『X病』にかかってます。」といわれてしまうということです。

(ただ、言い換えればこの『X病』にかかっているかどうかを診断する検査は
0.01%の確率で誤診(間違って診断すること)が出ます。)

さて、あなたが検査を受けると、なんと陽性が!つまり「『X病』にかかってます」という診断が出ました。

さて、あなたが『X病』にかかっている可能性は何%でしょうか。
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多くの人が自分が『X病にかかっている可能性は、(そりゃ検査したんだし、)99%以上なんじゃないの?」と答えます。実際に言い渡された患者だとしたら絶望の淵に突き落とされます。

さて、ほんとうにそうかというと、これが大間違いです。

人口1万人の国を考えましょう。10000人です。このうち『X病』にかかっている人は
1万人の0.01%で1人いますね。
また、かかっていない9999人のうち、その0.01%、つまり1名は、『X病』にかかっていないにもかかわらず、「あなたはX病にかかっています」と診断されます。

つまり、10000人いたら、2名が『X病』にかかっていて、そのうちの1名は本当にかかっていて、
残りの1名は「かかっていないのに、かかっていると診断された」人なのです。

ということは、いま自分が『X病』にかかっていますといわれたら、上記2名のうちのどちらかということになります。50%の確率でそれは誤診、つまり、本当はかかっていないということになります。

人口100万人でも1億人でも同じですね。
正解は50%です。

数字で考えれば納得できるのですが、
もし99.99%あたる検査で「陽性!」といわれたら、普通の人は「もうだめだー」と絶望しますよね。
野村だったらまず絶望します。おそらく。

元ネタのマッテオ・モッテルーリーニーさんの本によると、
ドイツでは毎年10万人の女性が、
癌がないのにマンモグラフィー検査を信じて乳房を切除しているとのこと。
(これは正に上のケースではないですか!ドクター!)

統計や、数字というのは情報をいくつかの軸に切り分け、我々の思考に
整理されたカタチで訴えかける大変便利なものです。
しかし、その情報が得てして受け取る人の判断をミスリードしますね。

(だからといって数学や統計を信じるべきでないということではありません、あくまでも。)

数や統計は、道具です。
自分が受けた印象と判断をつなぐ道具として使えるようになりたいものです。
もっと具体的に言えば、
感覚で判断する前に数字を使って考える習慣を付けたいものです。


人生において数のセンスを磨く重要性に「はっ!」とした話でした。
(大げさでしょうかね。。いや、大げさだとは思いません。)

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